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 鹿島神宮では年間約90の祭典が執り行われているほか、武道にまつわる催しや当地ならではの特色ある年中行事が行われています。

 
 

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鹿島神宮 祭頭祭

 

 鹿島神宮の祭頭祭は、鹿島神宮で行われる年間80回を数える行事の中で最も規模が大きく、勇壮な祭典です。

 

さいとう祭-1

 

 色鮮やかな祭衣をまとった囃人が手に持った樫の棒を組んではほぐしながら、囃しながら街中を練り歩き、神前へと囃しを奉納します。

 

 棒を激しく束ねるように打ち合わせて進む勇壮な様は、その中に力を凝縮させ五穀の豊穣と弥栄を願うまさに春の始めの鹿島立ち神事なのです。

 

 祭頭祭は時代によってそれぞれの付会がなされており、神仏習合の江戸時代には新発意(しぼち)(出立)から常楽(彼岸)に至る「常楽会(じょうらくえ)」とされ、明治になってからは五穀豊穣を祈る「祈年祭」とされ、昭和初期には当時の富国強兵の流れを受けて「防人の祭」とされました。

 
 

鹿島神宮祭頭祭2016

 

 鹿島神宮祭頭祭は、2016年3月9日(水)に開催されます。

 

 ★10時   祭頭祭  社殿にて神事が厳粛に斎行されます。

 ★13時頃  出陣式  本陣より鹿島神宮へ向けて祭頭囃の行列が出発します。

 ★15時半  一斉囃し 鹿島神宮の御神前で一斉囃しを行います。

 ★18時   春季祭  五穀豊穣、天下泰平の祈りを込めて大豊竹と万灯が砕かれた後、来年の奉仕字が卜定され神職により声高らかに読み上げられます。

 
 


 
 

鹿島神宮祭頭祭の起源

 

 鹿島神宮祭頭祭その起源は、奈良時代の天武朝との平安時代ともいわれていますが、文献に出てくるのは、1204(建仁4)年とされ、この時は片野の長保寺と平井の宝持院が祭の世話役を勤めていました。

 

 祭頭祭は、明治までの神仏習合の時代には2月15日の釈迦入滅の常楽会(じょうらくえ)(涅槃会)と習合していました。

 

 その名残で今でも男子の大総督を「新発意(しぼち)」といいます。また、勇壮な棒祭りから戦の神としての鹿島神宮の神徳と重ねて「悪路王退治の余風(昔からの風習)」という解釈がされていた時代もあります。

 

 昭和初期には、出兵する兵士を鼓舞する「防人の祭り」とされていました。しかし、本来は、地元に密着した五穀豊穣・天下泰平を祈る記念祭の一種です。

 
 
 

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