山梨県都留市の八朔祭

 山梨県都留市の八朔祭 宵祭りは、葛飾北斎や鳥文斎藤原栄之など、江戸の有名な浮世絵師の手による豪華な飾幕で飾られた4台の屋台が連なって曳行されます。

 

 夕闇に浮かぶ八朔屋台のあかりは幻想的な雰囲気を醸し出します。関東地方でも屈指の屋台といわれる豪華な屋台と、屋台ごとに特徴のあるお囃子の演奏競演が楽しめます。

 
 

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八朔祭の見もの大名行列

 

 八朔祭は、生出神社(おいで)の例祭として行われていました。この例祭に大名行列や屋台巡行が加わった年代は確認できていません。

 

 天保年間(1830~40年ごろ)の文書に古来より行われていたという記録があります。

 

 八朔祭の「八朔」とは、旧暦で8月1日のことで、現在の暦では9月上旬になります。

 都留市を代表するお祭り八朔祭は、富士吉田の火祭り、上野原の牛倉神社例大祭と並び郡内三大祭りのひとつといわれ、毎年9月1日に生出(おいで)神社の秋の例祭として行われてきました。

 

 地元では「おはっさく」と呼ばれています。豪華絢爛、色とりどりに飾られた屋台にお囃子の競演、江戸の衣装に身を飾った大名行列などなど。この日を楽しみに多くの観光客が都留市を訪れます。

 

 都留の八朔祭の大名行列は、山梨県下にその名を知らしめてきました。神楽や屋台を先導するために行われた行列は、今はふるさと祭りのひとつとして受け継がれています。

 

大名行列-1

 

 「下に~下に~」と勇ましい先陣たちのかけ声が、神妙にまたユーモラスにかけられ、観客を沸かせます。奴姿の赤熊(しゃぐま)や槍組、鷹匠、馬に乗った殿様や公募で選ばれた姫様など、その数は約120名ほどになり、勇壮な大名行列といえます。

 

大名行列-2

 
 

八朔祭のみどころのひとつ八朔屋台

 

 八朔祭のみどころのひとつは、葛飾北斎や鳥文斎藤原栄之など、江戸の有名な浮世絵師の手による豪華に飾られた屋台があります。

 

屋台-1

 

 全体をコの時に覆っている大きな飾幕は後幕といい、屋台を美しく飾り、さらには屋台の囃子方を隠す役目も果たします。

 

 鮮やかな緋ラシャ(猩猩緋:しょうじょうひ)にビロード、金糸銀糸の刺繍など、趣向の限りをこらした飾幕は、まさに芸術作品といえます。

 

【仲町所有「桜に駒」】

飾幕春風に駒

 歌麿の名声にも負けない人気絵師だった「鳥文斎藤原栄之」の作で、春風に駒がいななき、引き綱に結わえた満開の桜が描かれています。
 緋ラシャに舞う600枚以上の花びらは、金糸で刺繍されています。1935(昭和10)年9月の崖崩れで土砂に埋まった不運から見事に蘇えらせました。

 

【新町所有「鹿島踊」】

飾幕古老3人

 鹿島明神の御託宣をふれ歩く「事触れ」の古老3人が描かれています。緋ラシャに金箔の雲、老松と玉垣はビロードに金糸で刺繍されたものです。

 木綿の真田紐などさまざまに高級染織された「きれ」が使われ、服飾史上でも貴重な作品といえます。葛飾北斎の下図とされています。

 

【下町所有「虎」】

飾幕猛虎

 ギヤマンの両眼を爛々と光らせ、真鍮でメッキされた鋭い牙と爪、四肢をふんばる姿が勇ましい猛虎が刺繍されています。

 屋台が動くと縫い付けられた竹の葉がゆらめきます。葛飾北斎が下図を描いたといわれる作品で、「東陽画狂人北斎筆」と落款が縫いこまれています。

 

【早馬町所有「牧童牛の背に笛を吹く」】

飾幕夕映え

 当時、ビロードとともに珍重されていた緋ラシャを、赤々と燃える夕映えに見立てた作品で、葛飾北斎の下図といわれています。

 幕の上部からは針金に金糸を巻きつけた枝がしだれ、風になびきます。黒牛は本物の角、童子の笛は竹といったこだわりがあります。

 
 

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八朔祭開催期日と交通アクセス

 

【宵祭り】:8月31日

  生出神社の氏子の四町が夜に屋台を曳行し、お囃子を披露します。

【八朔祭】:9月1日

  会場:谷村第一小学校校庭

  大名行列 14時20分~

  花火打上 19時20分~

 

【交通アクセス】

 電車:JR「大月」駅から富士急行線に乗り換え約15分「谷村町」駅下車

    徒歩約3分

 車 :中央自動車道都留ICから約5分

    ※駐車場はありますが、出来るだけ公共交通機関でお越し下さい。

 

都留市観光協会&ふるさと時代祭り実行委員会のサイトを参照しました。

 
 
 

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